ライセンスが生んだ第一次ブランドーブーム

2011.05.17

高度経済成長へのジヤンピングボードとして開催された東京オリンピックを契機に巻き起こった、一般庶民の豊かさへの憧れとその実現への可能性を、ファッション界も決して見逃しませんでした。この時期、有名デパートは競い合うようにパリのオートクチュールデザイナーとの独占販売契約を結んでいます。西武がイヴ・サンローランやルイ・フェロー、伊勢丹がピエール・バルマン、大丸がジバンシイ、松坂屋がニナ・リッチ、阪急がジヤン・パトウやギーラ・ロッシュという具合に、追いつけ追い越せとばかりの契約ラッシュの嵐。同時にライセンス契約による国内アパレルメーカーでのリプロダクションや、様々な雑貨へのライセンス展開によって、まさに第一次ブランドーブームとも呼べる状況が生まれたわけです。販売権を独占できる“総代理店”契約が続々と結ばれていくようになると、大手企業がその資金力を武器に大型契約を次々と締結していく。そこに存在するのは茂登山さんのような“舶来屋気質”の愛情や熱意とは別次元の、単なるビジネスツールとしてのブランドにすぎませんでした。ブランドビジネスの草分けともいえる茂登山さんをはじめ、桃田有造(コロネット商会)、堀田一(三喜商事)といった目利きのセンスと感性を持ったインポーター達にとって辛い時代が始まりを告げることになります。「それがブランドビジネスってものの宿命でしょう。戦後の日本人は欧米との文化の落差を埋めるために“月謝”を払ってきたんだから」と茂登山さんは語ります。「やすやすと命も恋もあきらめる江戸育ちほど悲しきはなし」という吉井勇の詩の通り、江戸っ子気質の茂登山会長は80歳をとうに迎えた現在もなお登鎌として各国のエスニックーエレガンスを追求しようと世界各地を巡っています。僕が本当に心から敬愛するファッションービジネス界の“粋な”巨匠です。